会社概要

駅前ニシムラから88年、ニシムラファミリー創業から40年

1929年世界大不況のさなか、「すべての札幌の子供達にシュークリームを」というキリスト者西村久蔵により、洋菓子のニシムラは現在の札幌グランドホテルの地で創業し、その後、札幌駅前への移転とともにパンの製造販売にも乗り出して、パンとケーキの「駅前ニシムラ」として長く道民に親しまれました。

戦争中は、原材料不足のため水産加工業に転身し、社名も西村食品工業に変更しました。戦後、パン・ケーキの製造販売に戻りますが、久蔵は経営を、弟の西村真吉と、大学卒業まで久蔵夫妻に育てられシベリア抑留を経て復員した澤村重一に担わせました。二人は、終戦直後の混乱期を小児用栄養食品、学校給食用パンの製造で乗り切り、1954年には大ヒット商品マリモ羊羹を引っ下げて東京進出を果たしました。しかし、この時期尚早とも言える挑戦は、忽ち資金繰りの悪化を招き、翌1955年には会社更生法の適用申請を申し立てる事態に陥りました。更生計画が承認されると、二人はニシムラを去り、真吉は別会社となった駅前ニシムラの、澤村は道内テレビ局に就職しました。

更生計画に基づいて新しい経営陣はニシムラの再建に取り組み、マリモ羊羹や雪モチを軸に、全道に販売網を拡大して業績を回復させると、1967年、再度澤村を起用して社長に据えました。澤村は、新たに最新鋭の琴似工場を建設して冷凍パン生地を製造し、これを道内各地に搬送して、各支店で焼き立てパンを提供する、わが国初となる冷凍チェーンを確立しました。また、バターフィンガーレモンケーキユカタンと次々とヒットを飛ばす一方、障碍者雇用の先駆けとなる「百円ケーキ」の店の展開を支えるなど、久蔵の理念を守りながら、西村食品を年商50億円超の中堅企業にまで発展させました。

1977年、澤村の甥で、西村食品の社員であった米山誠が、ニシムラの系列会社として恵庭市で創業したのが当社(株)ニシムラファミリーです。恵庭のショッピングセンター内のパン工場併設の店舗からスタートした後、千歳市にパン工場と本社を、札幌市豊平区にケーキ工場を建設するなど、次第に事業を拡大して参りました。澤村がニシムラを引退した後、残念ながら西村食品は倒産の憂き目に会い、当社も大きな打撃を受けましたが、北海道の人にこだわり、食材にこだわるというニシムラの理念を受け継ぎ、北海道のパン・ケーキの専門店として一歩一歩前進して参ります。

概要

社名 株式会社ニシムラファミリー
所在地 千歳市新富2丁目4番1号
資本金 10,000千円
代表者 米山 誠
従業員 100名
役員 米山 誠
山﨑 真理
取引銀行 北洋銀行恵庭中央支店
北海道銀行恵庭支店
北央信用組合
決算期 9月
営業品目 パン、調理パン、洋菓子、和菓子製造販売
年商 4億1千万円(平成24年度)
店舗 千歳本店、恵庭店、グランシャリオ、イオン富川店、パセオ住吉店、苫小牧ステイ店、コープ岩見沢南店、
コープ岩見沢東店、コープ美唄店、コープ美園店、コープ江別店、コープ北広島店、コープ小樽南店、コープ登別店
他フランチャイズ店7店
取引先 医療/千歳・恵庭市内病院、老人医療施設
学校/北嶺中・高等学校、日本航空学園
観光/ホテルニュー王子(機内食)、JR北海道ホテルズ、ANAクラウンプラザホテル、千歳市役所(各保育所)、
   (株)日東総業、千歳観光連盟
量販/生活協同組合コープさっぽろ、イオン北海道(株)、(株)ラルズ、
   (有)ジョイントフーズ、ノースプレインファーム(株)

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